マスターがカフェラテを比奈の前に静かに置く。

比奈が軽く会釈をして、ニコッと笑う。

流れていた音楽が終わり、静かになる。

 諒のエスプレッソが置かれると同時に、比奈は諒に角砂糖の入った容器を近づけた。

「ありがと。」と短く言い、角砂糖を2個入れるのを待って、比奈がカフェラテに口を付ける。

続けて、諒が角砂糖を混ぜないまま口に運ぶ。

 比奈が「おいし。」と優しくつぶやいた。

 遠くから、静かにマービン・ゲイの曲が聞こえてきた。

What's going on・・・♪




 その日からその席は、すっかり二人のお気に入りの場所となった。

 あの日が来るまでは・・・。

 諒は、毎年この日に同じ席を、予約した。

予約を受け付けるお店ではなかったが、マスターが毎年忘れずに、気に掛けてくれていた。

 2年前は雨が降ったが、それでも諒はジュリアに乗ってきた。

諒がNORDの扉を開けると、マスターは同じ席を勧めてくれる。

 諒は、当初からエスプレッソが好きだった。

初めて来た時は、まだまだ店内の雰囲気には合わない若い二人だったが

気さくなマスターは、いつも快く僕たちを受け入れてくれた。

 今日もいつもと同じ席に座ると、エスプレッソとカフェラテを注文した。

 真っ暗な外の景色に浮かび上がる、2000GTVを眺めながら時がゆっくりと流れる。

マスターは、エスプレッソを諒の前に静かに置くと、隣の誰も座っていない席の前に

カフェラテを置いた。

「1人で来るようになって、どれぐらいかな・・・。」

と、マスターが静かに質問する。

「1人で来るようになって、今日で4年目です。」

「4年か〜。初めて来てからは、12年だよな。」と、あらかじめこの日を計算したように

マスターは年月を確認した。

「これからも、待つの?」

「そうですね。運命の出会いでも、ないかぎり。」と諒は、照れながら微笑んだ。

マスターが、角砂糖の入った容器を近づけてくれた。

「すみません。」と言う諒の言葉を待って、マスターが静かにカウンターに戻る。

 諒は、いつものように2個の角砂糖を入れると、カップの底で溶けるのを待った。

冷たかった手が、ゆっくりとカップのぬくもりで温められていく。

 諒は、動くことのないカップに自分のカップを近づけ、音を立てると

崩れた砂糖を混ぜないまま、エスプレッソを一口だけ送りこんだ。

 比奈の存在が無くなる前に、塗り替えられた2000GTV。

 今は濃緑から、やさしく燃えるような赤に変わり、諒の帰りを店の外で静かに待っていた。




第1回  完

4/5/novel-top