十分に暖気された2000GTVは、軽やかに回転を上げながら、

トルクフルに峠道を進んでいく。

 どちらかと言うと、せまい室内。それでいて助手席はシートを下げると

持て余す程、足下にはスペースを確保する。

 クーペボディとしては、充分過ぎる排気量1962cc。

 小さめの車内へエンジンからの吸気音、後ろからは排気音が入り込み

オイルとガソリンの臭いが少しだけ、アンティークな薫りに混ざって鼻孔を付く。



 諒は、夜時間が出来ると決まって、比奈を連れてそのお店に行った。

いつ、発見したのだろう。当時、比奈とドライブしていて偶然見つけたこのお店。

 夜の8時から、だいたい夜中の3時まで開いている。

気が向いた時だけ、昼からお店を開けてカフェになる。

そんないい加減さが、日本人らしくないオーナーの良い所だ。

名前は、「NORD」。イタリア語で方位の「北」を意味する。

 それは、諒が免許取って、この2000GTVを買ってすぐだから、かれこれ13年前になる。

 夜、交差点で偶然出会った「段付き。」

ボンネット前方に、段差があり、通称「段付き」と言われているジュリアの前期モデルを

総称する呼び名である。

 「GTA1300Junior」と言う、リアトランクのマークを必死に追っかけてその店を知っのだった。

バンパーなどは当然なく、暗がりに赤い顔の右半分は、黄色に染まっていた。

 1967年に製作され、1.6リッターエンジンのストロークを短くし、ウェーバー45パイを装着した。

コンペモデルでは、160馬力オーバーまでその性能を絞り出す。

金網と簡素化された盾だけが装着され、余計なものは一切取り払われている。

 その車は、甲高い排気音を響かせながら、諒の2000GTVをあざ笑うかのように、視界から消える。

分かれ道のない、そんなに広くない道路。

ライトをハイビームにしたままゆっくり登っていく。

しばらくすると、外灯で照らされた部分だけ道幅が広くなっていた。

諒がブレーキを踏む。

比奈の窓側に目を凝らすと、カイズカイブキできれいに仕切られた入り口らしきところがあった。

その奥の方から、エンジンを煽る音が2回ほどして、静けさが戻った。

 諒は、彼女の方を見て「入ってみていい?」と聞くと、

彼女は「大丈夫?」とためらった口調で返した。

 あの車がジュリアじゃなければ、ここを知ることはなかったかもしれない。

 さらに、入り口には小さな外灯が一つ。

 気づいた時には、その生け垣の奥へ車を進めていた・・・。

それが、「NORD」だった。

そのお店の造りは、木造鋼板葺きの平家で崖沿いを平坦に整地してあった。

 綺麗に敷かれたアスファルトの駐車スペースは、約8台ぐらいだろう。

表に看板などはなかったが、駐車スペースには、白線の仕切りの変わりに、

お店のロゴマークらしきものが、8つ並列に描かれてあった。

店舗の横には、支柱リフトを一基据えた、ガレージが見える。

ガレージ前の外灯の明かりで、奥に潜むGTA1300ジュニアが、わずかに顔を覗かせていた。

 諒は、お店の勝手口を開け、マスターらしき人が入って行く姿を目で追った。



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