満月と、一つ目の信号機が重なる方向へ進路を取った。

いつもこの時期は、そんな位置関係になる。

車内で吐く息が、峠へ進む道に近づくと、この時期でも顔に当たる風は充分冷たい。

運転席のウィンドウは常に、2センチほど開けられていた。

ドアを閉める時に、窓ガラスが抵抗になり、ドアを楽に閉められないからだ。

ジュリア乗りなら、こんなことまで気を使う。

何気ない仕草の中に、この車への愛情が注がれている。

眺めていても、綺麗。運転して楽しい。それでいて、いつもどこか気になる。

しばらく、乗ってあげないと機嫌が悪くなる。彼女と彼女はよく似ていた。

そんな二人を諒は、「好き」だった。

運転席の足下は、自然に温かい空気が流れてくるが、彼女の座る助手席は冷たい。

そんな彼女のために、取り除かれた後部座席には、ブランケットを載せている。

ギアを4速に入れると、右手でブランケットを探り、比奈に渡した。

「サンキュー。」とだけ言い、冷たくなったブーツの上から足下をくるんだ。

実は、比奈もこの車が大好きだった。諒が大切にしている2000GTV。

いつも、アルファロメオを語っている。それとなく、話を聞いていたが、

何度も、何度も話され続けて、いやでも覚えてしまい、いつのまにか好きになっていたのだ。

熱く語る諒を見ると、いつもこの車にヤキモチを焼いてしまう。

「諒は運転していると、私の話なんて上の空なんだから。」

「いつも、メーター気にしてるし。ちゃんと、聞いてる!??」

「もちろん!」と言いつつ苦笑しながらも、諒は「当たってる」とおもった。

昔は、よく渋滞でカブッてしまい、常にタコメーターの針を気にしていたんだっけ。

エンジンが止まった車を降りて一生懸命押して路肩に止めていたことを思い出した。

その時のクセが残っているのだろうが、今はきちんと整備されていた。

峠に上がる最後の信号。ゆっくり停止して横を見ると、暗くなったショールームのウインドウに

街灯の灯りで怪しく写る、ジュリアの側面が浮かび上がる。

車高を低く落とされたラインは実に美しかった。

昔、この交差点で横断歩道を渡る若いカップルが、こちらに視線を向けたことがあった。

比奈がそんな視線に満足げに「見られてるね!」と言ってきた。

「比奈がきれいだからじゃない」と照れくさそうに諒は、はにかんでお世辞を言った。

「夜だからこっちは見えないでしょ!」とほっぺをつねられたまま、もうすぐ変わる信号に

対して、ゆっくりクラッチを踏んだ。

そんな事を思い出しながら、1速に入れられたギアは、ゆっくりと後輪を動かし

軽量化されたボディを容易く、峠へと導いた。

今は、比奈の膝に掛けられることのない、ブランケットが当時のまま後部座席に寂しく置かれていた。



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