イタリアで一番元気のいい町、ミラノ!



 冬の間、深い霧.に包まれる事の多い陰鬱なロンバルディア平野の真中にある町。


この町を築いたのはBC4世紀前後にアルプスを越えてやってきたガリア人だったと考えられている。

この町を本格的に支配し始めたのはローマ人でBC3世紀にはメディオラヌムという町を築いている。

 これは、「平野の真中」という意味ですでにのちのミラノという名を思い起こさせるのではないか。
ミラノという名が世界史の舞台に踊り出るのは284年にローマ帝国の四分割統治が始まり、この地が
西ローマ帝国の本拠地となりさらに、313年にコンスタンティヌス帝がこの地で「ミラノ勅令」を発布し、
キリスト教徒に信仰の自由を認めたことによる。

 ミラノが全盛期を迎えるのはヴィスコンティ家とスフォルツァ家の支配下の時代である。
13世紀から15世紀半ばの時期にあたる。

ヴィスコンティ家の有名人はジャン・ガレアッツォである。
かなり強引な人物で敵に対して一切容赦しない残虐な粛正で臨んだ。

ミラノにドゥオモの建設を始めたのもこの人だった。

 その後、スフォルツァ家の代表はルドヴィコ・モーロであだ名はイル・モーロと言った。
ミラノの代表的な壁画、レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐も彼の発注によるものである。

その他、建築家ではブラマンテがミラノにいた。

 ミラノは現在ではイタリアの目覚しい発展の原動力となっている。もともと繊維業の伝統に加えて現代的な
デザインが加わり、ミラノの発信するファッションは世界的にもリードしている。

もちろん、自動車業界のフェラーリ、ランボルギーニ、アルファロメオ、フィアット等数多くの
先鋭的なデザインと技術も
引け劣らない。

 サッカー界では、ACミラン、インテル等が世界を熱狂させているのも、この町の経済力を背景にして
のことである。